先日、山形県出身のアスリートとして、県内の中高生に向けて激励メッセージを書かせて頂きました。中高時代の経験があるからこそ、今の自分をここにいる。この機会に共に前へ進んでいきたいと思い、心からの思いを伝えさせて頂きます。

(水無月に咲く紫陽花)

地元の中高生に向けて激励メッセージ

先日、山形県出身のアスリートとして、夏の大会が中止になった中学・高校生たちに微力ではありますが、心からの激励メッセージを送らせて頂きました。

ウイルスで大会が中止になり、それが全国大会である経験を、私はしたことが在りません。正直、何と言葉をかけて良いのか悩み、考えました。

社会人になった今だからこそ、「まだ先がある」とか「これから、これから!」と思えますが、今を生きている中学生や高校生にとっては、目の前の目標に全力で、命がけのように取り組んできたのではないかと思います。当時の私がそうでした。

私の最後に込めたインターハイ物語

私は陸上で中体連、フェンシングのインターハイで高体連の大会に出場。
とくに思い出深いのが、フェンシングのインターハイです。

高校3年生で出場したインターハイは、私にとって最初で最後のインターハイでした。

高校1年生では、エリートアカデミーに所属する選手の大会出場が認められておらず、高校2年生でついに出場が認められました。

が、私は東京都予選に敗れ、高校1年と2年ではインターハイに出場することができませんでした。

予選に敗れてインターハイに出られなかった時は、悔しい思いを抱え続けました。

仲間の応援でいったインターハイの会場で、
「梅ちゃん、試合に出ないの?」
とフェンシングの友達に聞かれることが辛かった。

みんなが会場で戦う姿を見ると、羨ましくて仕方がなかった。

だからこそ、高校3年生の「最後インターハイは必ず優勝する」と決めていました。

大会に向けて「あと〇日」と毎日カウントダウンをしたり、
自分の実力不足を痛感した時は「このままで優勝できるのか?」と不安でした。

夢でもフェンシングをしていたり、練習中に過呼吸になったこともありました。

それでも、
「絶対に後悔だけはしたくない」
「諦めない人が1番強いんだ」

と最後まで心に秘め続け、私は高校3年生のインターハイの舞台に立つことができました。

そして結果は、念願である優勝。

「最後は必ず優勝する」の思いがなかったら、今の自分はいないと思っています。
それほど私にとってインターハイは忘れられない経験であり、今でも「あの時の自分」に教わることが多くあります。

中高時代の自分を支えた言葉

最後の大会を失った中高生たちは、今なにを思っているのだろう。

前を向いていて突き進んでいる人もきっといますが、なかには、様々な感情が混ざり合い、私が想像もできないほどの複雑な思いや感情で、混乱や葛藤している人もいるのではないか。

前向きな言葉を聞きたくない、ありきたりな言葉で片付けてほしくない、と思う人もいるかもしれません。

では、私はどうすれば、中高生に寄り添えるのだろうか。と思い、私は皆さんと同じ中学・高校生に時に自分が大切にしている言葉を述べさせて頂きました。

「何も咲かない寒い日は、下へ下へと根を伸ばせ。やがて大きな花が咲く」

(元マラソン選手の高橋尚子さんの座右の銘)

思うように上手くいかない時も、決して今までやってきたことは無駄じゃない。
見えないところで必ず、自分の根は伸び、成長している。
今は、大きな花を咲かせるために必要な準備期間なんだ。

私はこの言葉に今も励まされます。

自分がどんな場所で、どんな花を咲かせたいのか

そして、その言葉も大切にし続けて、1つ気づいたことがあります。

それは「自分がどんな場所で、どんな花を咲かせたいのか」を自分と向き合って考えてみることです。

自分がどんな場所で、どんな光や風の中で、生きていきたいのか。
どんな環境で自分を育てたいか。

すぐに「これ!」と決めつけなくてもいい。
変化があって当たり前。何度も変化しても良いと私は思います。

私は小学生の時から「五輪で金メダルをとりたい!」という夢は変わっていませんが、夢に対する思い入れや、描く未来イメージは変わり続けています。

進む道は必ず見つかる

人との出会いや、一冊の本との出会い。
ちょっとした出来事などで、自分の「したい!」が変化する。

「これ!」と思えるものがある人は、自分の根を伸ばせば良いだろうし、まだ巡りあえていない人も、探している中で必ず見つかると私は信じます。

いいことを思えば、いいことが。
悪いことを思えば、悪いことが。

思うという行為が、状況を招きます。

山形出身アスリートは、こちら(山形県スポーツ協会)から見る事ができます。

色んな競技の選手が、向上無限で道を突き進んでいますので、ぜひご覧ください。