2021年の大晦日。私が毎年やっている今年の漢字には「生」を選びました。人の生き方に興味を持ち、生き方を大切にしたいと強く思った2021年。この漢字に決めた理由を2021年を振り返りながら書きました。皆様の2022年が素晴らしい1年となりますように。

(帰省の新幹線で撮った雪景色)

私にとっての今年の漢字とは・・・

いよいよ大晦日ですね。
私は約3年ぶりに年末年始を家族と過ごしています。

地元の米沢は、大雪です!!
本日は午前中に1時間半ほど除雪をしましたが、久しぶりの除雪で筋肉痛です。

よく「山形の人は我慢強い」と言われますが、この我慢強さは、豪雪の冬を乗り越える底力に繋がっているのではないかと感じさせられます。

そんな2021年の最後の日に感じること。
今年を漢字1文字で表現するなら・・・

私は「生」を選びます。

 

「生きる」とは、「人生」を考えた2021年

なぜ今年の漢字を「生」に決めたのか。

今年は私にとって、様々な人の生き方に興味を持ち、心が揺さぶられ、学ばせてもらった1年でした。まさに「われ以外、皆わが師なり」です。

それは、出会った人だけではなく、本や映画、そして思い出から。

今年の11月は、大好きだった私の母方の祖母が92歳で他界しました。

私が静岡県の沼津市で合宿をしている中、「今日も練習がんばろ~」と思っていた朝に母から電話があり、祖母の死を知りました。

祖母は数年前から体調を崩しており、いつかはと覚悟はしていました。
しかし、不思議なことに、母からの知らせを聞いた時にいきなり涙が。

覚悟をしていても、やはり、人の死は悲しいものです。

合宿先の沼津から東京に戻り、東京から米沢へ。
祖母と最後のお別れをしてきました。

お通夜やお葬儀では、慌ただしい様子でしたが、久しぶりに会う従妹や姪っ子、初めて会う甥っ子や姪っ子など、終始わいわいと明るい雰囲気で祖母を送り出すことができました。

その時に改めて感じたのは、「祖母があっての私なんだ」ということ。

昔からきれい好きで、倹約家でしっかりとしていた私の祖母。
お豆腐屋を営んでいた私の祖母は朝が早く、小さい頃に祖母の家に泊まった時には、祖母が朝イチで家の中をほうきで掃いている姿を、私は寝ぼけながら見ていました。

今になって知った話では、身なりもきちんとしていた祖母は、孫が使い古した服をきていると、「もごさい(可哀そう)がら」と言って、新しい服を買ってくれたとのことでした。

私の母はおしゃれが好きで、よく一緒に服を見に行くのですが、これは祖母から受け継いだ「身なりを整える」ことなのだと気づきました。

祖母から母へ、母から娘へ。

今思えば自然と受け継いでいたこともあれば、祖母とお別れしてから「ここを見習いたい」と思うことも沢山。

こうやって命のバトンは繋がっていくのであって、祖母にとっても母がいて、祖母がいて…と代々受け継がれてきたのだと思うと、私は後世に何を残せるだろうか?と考えさせられます。

私という1人の人生ですが、この人生を歩めるのはご先祖様のお陰だと思うと、感謝しても感謝しきれません。

今という時間は今だけのもの。だからこそ、目の前の今を大事にしていきたい。そして、それがきっと未来に繋がっていくのだと心から思いました。

そして、自分でもビックリしたのは、祖母の他界から約1か月後。夢の中で祖母と会い、

「ばあちゃん、今まで本当にありがとう。そして母を生んでくれてありがとう」

と祖母の手を両手で握りながら伝えられたのは、本当に良かったです。
祖母はもうこの世にはいませんが、私の記憶の中にはずっと生き続けます。

螺旋階段を一周まわった2021年

2021年を振り変えると、螺旋階段を一周まわった年でした。
今まで分からなかったことが分かるようになり、また新たに分からないことが現れる。

自分の良さを知りつつも、自分の甘さも突き詰められました。

今年嬉しかったことは、シニアの国内大会で表彰台にあがれたことです。
久しぶりの表彰台であり、表彰台にあがった私を喜んでくれた方々が沢山いらっしゃったのが1番の幸せでした。

勝負の厳しさを痛感した時もありましたが・・・。それは来年の飛躍へと繋げていきます。

皆さま、2021年もありがとうございました。
良いお年をお迎えください。